友達みたいな親子の勘違い

最近、「友達みたいな親子」と云う言葉を時々、耳にします。

確かに、

娘さんが成長するとお母さんと、一緒にショッピングに行ったり…、

小学生の親と子の会話でも、ホントに友人どおしのような言葉で話しているのを聞きます。

一見、お友達どうしのように見える親子…

ほのぼのとして、いいですね。

しかし、

子どもが幼いころは、親は、親であるべきだと思います。

 

確かに、親は子どもを

叱るより、優しく接する方が楽です。

厳しい事を言うより、楽しい話をする方が、お互い楽です。

もしかすると、「友だちみたいな親子」という言葉で

親が楽な方へ流れようとしていることはないでしょうか…

 

幼い子どもは、基本的には褒めて、

甘えを受けとめて、育てるべきと私は思っています。

ですが、子どもが、善悪の判断を誤った時、

世間一般の常識に大きく反している時は違います。

友達みたいな親に、

叱られなかった子どもは、どうなるのでしょうか?

 

たとえば、昨今、問題になっているいじめを、考えるとします。

よく、「面白くてやった」、とか、「遊んでいた」とか、

いじめた側の発言に、出てくる事があります。

実際問題として、

遊びなのか、いじめなのか、その境目を決めるのは難しいところもあります。

又、している方、されている方の立場によっても、

その子どもの感受性によっても、

異なってきます。

しかし、

「人の嫌がる事、又自分もされて嫌な事は、してはいけません。」と、

きちんと、教えられていれば、

その遊びがいじめにまでエスカレートすることは、かなり防げると思います。

いくら学校で、「いじめはいけません」と、習っても、

どういう事がいじめなのか、

その当たり前の事が、

分からない子どももいるのです。

それは、子どもが育ってきた環境、日々の日常の中で、

親が、自然と教えてこなかったからかもしれません。

家庭の教育があって、そのうえで、学校の教育が実を結んでいくのです。

ですから、

友達のような親子、ではなく、

子どもの目線で、ものを見ながらも、

子どもが、善悪の判断を見誤ちそうな時は、

きちんと指導し、叱る事のできる親であるべきどと思います。

友達みたいな親でも、叱る時は叱る。

あくまでも、子ども目線でものを見れることができる、

子どもの感性が分かる親であるべきです。

「うちは友達みたいな親子です。」という言葉で

なれ合いの親子関係にしてしまっていたら、

将来、社会に出て、行き詰まるのは、子ども本人なのではないでしょうか……。

 

                                                                                                                                                  「子育て親育ち」田宮由美HP

 

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