幸せの原点

誰が見てもNGな子育て、でも…

子供は育てたように育つ

この2つの記事を書いた私のバックグランドから、幸せの原点について考えてみました。

 

自分が子どもの頃、

夕方「ただいま」と帰宅すると、いつも母が居て、

温かいご飯を用意してくれて、

私が病気なるといつも付き添い、心配してくれていました。

たまに叱られもしましたが、

いつも優しく、自分の事は後回しにして、私達を育ててくれた母。

 

クリスマスが近づくと一緒にツリーを飾り付け、

お正月には、母が作ったおせち料理を家族で囲み、

たわいないTV番組を見ては、一緒に笑っていました。

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当たり前だと思っていました。

特別に感謝することもなく、

当然の日常だと感じていました。

 

やがて結婚し、自分も母になった今、

自分が子供の頃経験した当たり前の日常を子供に準備することが、

どれだけ大変か身に染みて感じました。

 

それでも、母が私にしてきてくれたように、

何とか子ども達を育て、

子育てが一段落ついた今、

気が付けば、母は歳老き、認知症を発症していました。

 

80歳を過ぎた父は、認知症を患った母を自宅で看ています。

父自身が強い意志で望んで、そうしています。

しかしながら、当然ストレスが溜まります。

私は、出来るだけ足を運んで様子を見に行っているのですが、

早々毎日という訳にも行きません。

月に数回、顔を見に行くだけの私に

父はやり場のない愚痴やイライラ、ストレスをぶつけてきます。

「聴くことも支援」と思って聴いていますが、

時折、心が折れそうなくらいしんどくなる時もあります。

 

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ですが、携帯が鳴り、父から電話があるたびに、

母が倒れた、行方不明になったなど緊急を要するものでなく、

いつもの愚痴であることにホッとする私もいます。

いつまで、この状況が続くかは分からない、

だけど、今日も一日が無事に暮れて行く事に感謝と、安堵を感じています。

 

今、親を心配し、心労を重ねている私に、

子ども達がねぎらいの優しい言葉をかけてくれます。

温かく幸せな気持ちと

いつか私も歳老くと、物忘れがだんだんひどくなり、

やがて自分で出来なくなることが増え、子ども達に迷惑をかけるのだろうかという不安が

入り混じって心に湧き起こります。

 

親が歳老いて、介護が必要になる。

それは当然のことで、当たり前の日常です。

私達はそのことにもっと感謝しなければならないと思います。

・親が長生きしてくれていること。

・自分が元気で親を看れること。

なんて有り難いことか…当たり前に日常の中にいると、

そのことへの感謝が見えなかったり、気持ちが薄れたりします。

今、自分が置かれている状況をしっかり見つめ、今の幸せに気づきたいものです。

それに気づくことが幸せの原点ではないでしょうか……

 

「お母さんへ、

貴女の娘は、貴女のしてくれたことを決して忘れません。

そして貴女の子育てをしっかりと子ども達に伝え、

子ど達に大切にされ、幸せな日々を過ごしています。

安心してください」

 

だから後少し、

精一杯お世話させてくださいね。

 

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「子育て親育ち」田宮由美HP

 

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