誤った愛情のかけ方と過保護

先日、大学受験の日、

大学側が用意したバスに、付き添いの親が大勢乗り込み、

受験生たちが全員乗ることができなかった、というニュースを読みました。

 要因は、確かにそれだけではなかったようなのですが、

確かに、他の受験生たちが乗れないと気付いたとき、

保護者の方々は、自分たちが

バスを降り、受験生に譲るべきだったと思います。

 

ですが、この親の気持ちは、私はよく分かります。

「過保護」「過干渉」が最近、よく問題にされています。

 

大学受験にまで、親がついていく。

就職に向けての保護者向けセミナーが開催されている。

極めつけは親同士のお見合い…等など

 

メデイアやマスコミでもよく取り上げられるようになっています。

 

この情報を制作発信する側の人々、又これらの情報を得た人々

両方に、「飽きれた」「何と過保護な…」「だから自立できない…」など

どちらかと云うと、批判的な見方が強いように思います。

 

しかし…です。

私はここで、勇気を持って言わせて頂きますと、

 

今まで、慈しみ、大切に育ててきた我が子、

「気になるのは当然」だと、

私はこの親の気持ちが良くわかります。

 

特に最近は、少子化で、

親の目、意識は一人の子どもに熱く向けられ、

家事も便利になり、

親は益々子どもの世話にかける時間が増える分けです。

 

私の本音を言いますと、

我が子の大学受験の時も、

ついていきたいくらいの気持ちがありました。

娘の就職の情報も、もっと知りたい、と思いました。

 

ですが、結局、

 

息子の大学受験は、玄関で

「頑張ってね!」と声をかけ、送り出しただけ。

娘の就職も自分で大学のゼミの教授に相談し、決めてきました。

 

私は何も手出しはしませんでした。

というより、子どもにさせてもらえませんでした。

 

ある程度の年齢になると、親は手を出したくても

子どもが出させない、

それが、本来だと思います。

 

私は、子どもたちに、いっぱいの愛情をかけて、

慈しみ育ててきました。

だから、今、こうして、

子どもたちは、自分自身の足で、自分の目標を持って

歩いているのだ、と感じています。

 

成人になっても、親が過度にかまっている…

 

それで、平気な子どもは、

親は誤った愛情のかけ方をして子育てをしていたのかと…。

若しくは、愛情をあまりかけて育てなかったか…

どちらかだと、私は思っています。

 

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