いつもの日常を失った時、分かる最も大切な事

今、振り返れば
もっともっと子どもと向き合い
抱きしめてあげれば良かった…なんて思います。

子どもが幼い時
その頃は日々の生活に無我夢中でした。

何を気にしていたんだろう…
世間に「いいお母さん」と思われたかったのだろうか。
夫に、夫の義母に、近所の人に、ママ友に、幼稚園の先生に…
誰を意識していたんだろう。

部屋が片付ついていなくたって、
少々洗濯物が溜まっていたって、
お茶碗洗うの、ちょっと後でも
良かったんじゃあないかな。

もっと子どもと一緒に遊べば良かったな、
なんて、ふと思う事があります。

もっともっと子どもを甘えさせてあげれば良かったって。
「お母さん」ってせっかく呼んでくれたのに…
「今、忙しいの」
「後で!」って応えることが多かった…

「お母さん」って呼んだとき、子どもは
どんな気持ちで呼んだんだろう。
きっと何かを伝えたかった
きっと寂しくて呼んでみたかった…
理由はないけど、呼んでみたかった…

その時抱いた子どもの気持ちは
その一瞬だけで、
瞬く間に変化し、消え去っていく。
2度と戻ってこない子どもの成長のひとコマ。

当然のようで、有るのが難しいのが、当たり前の日常
失くして初めて、有り難さが分かるのが、毎日繰り返される日々

もし、今の日常を失くした時、
最もやりたい事って何だろうと、考えると
子どもと手を繋いで歩く事
子どもをぎゅっと抱きしめる事
子どもの名前を呼ぶ事
子どもの呼びかけに応える事

私達は、当然のように繰り返させる毎日に
もっともっと感謝して生きてもいいんじゃあないでしょうか…

毎日子どもが元気に「お母さん」って呼んでくれる
甘えてくる
膝に乗ってくる
全て受け止めてあげればいいんじゃあないかしら…

今、いつもの日常を失くした時、
最もやりたい事
望む事、
抱く夢、
それは何か、よく考えて日々過ごしたい。

きっとそれが、最も大切な事だから。

 

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「子育て親育ち」田宮由美

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